化哲感想

アファンタジア(映像を想像できない) 2013入社(メーカー技術)

薬学部4年制の就職の現実 有機化学系の就職はまずまず 生物系の就職は茨の道

 私は薬学部4年制、続いて修士過程を卒業してから、メーカーに就職しました。学生時代は就職について不安でいっぱいでした。卒業後はどんな仕事があるのか? 就活は難しいのか? 就職を考えるとどんな研究室を選べばいいのか? 本記事では、薬学部4年制の進路について、実際に就職して得た私の知見を述べたいと思います。

薬学部4年制 ≒ 農学部 ≒ 理・工学部の有機化学系と生物系

6年制課程と4年制課程 | 一般社団法人 薬学教育協議会 - CPE - Council on Pharmaceutical Education

 薬学部4年制は薬剤師免許が取得できないコースです。4年制のオフィシャルな目標は研究者養成です。企業への就職が主な進路になる点で、工学部、理学部、農学部等と大差ありません。ただ、学ぶ内容に特色があります。薬学部は薬に関連した学問の寄り合い所帯です。大まかに有機化学系、生物系、その他薬学部独自の学問(薬物動態学や薬理学など)に別れます。有機化学系と生物系がメインという点では、農学部に近いです。一方で、化学の中でも高分子化学、無機化学、化学工学など、そしてもちろん機械系や電気系の授業や研究室は、理・工学部にあっても薬学部にはほぼありません。

薬学部4年制の進路

f:id:okushishu:20190126181919p:plain

薬学部4年制学生の志向と進路

 薬学部生又は薬学部志望者のもっているであろう志向ごとに、進路を区分して表にまとめてみました。

 まず、医師や薬剤師として、医療現場で働きたい人。こういう人は、薬学部4年制でなく医学部や薬学部6年制を選ぶ必要があります。しかし、4年制を選んだ人の中には、当初は有機化学や生物に携わりたくて4年制を選んだものの、やはり医療現場で働きたい(又は国家資格を取りたい)と思い直して転部する人もかなりいます。

 また、医師や薬剤師として働く気がなくても、医療に直結する生物系の研究(医学部がやっているような研究)がしたい人が薬学部を選ぶことがあります。その場合も、医師免許があったほうが研究の幅が広がるため医学部転部を選ぶ人もいます。「医療研究だけに専念したいなら、実習がない薬学部がいい」という教授もいましたが、現実的には医学部の方が研究面でも有利なのです。

 次に、医療とは関係なく、薬学部で有機化学や生物学などを学び、それを生かして働きたい人。私もこのパターンで、医療に関心がないものの有機化学と生物が肌に合っていたので、両者を学べる薬学部を選びました。ただし、この場合は薬学部でなく理・工・農学部でも問題ありませんし、むしろこれらの学部のほうが就職希望者への支援が行き届いている場合があります(私の大学がそうで、わざわざ他学部主催の合同説明会に行っていました……)。ただ、薬学部独自の分野(薬物動態学や薬理学など)を学びたい人は、薬学部一択です。
 有機化学や生物に携わる仕事をしたいなら、企業への就職が主な進路になります。学部卒ではほとんど仕事がないため、少なくとも修士過程卒業が前提です。しかし、院卒でも、医師や薬剤師と違って確実な就職はできません。就職したいなら、学問分野ごとの就職のしやすさについて大まかに把握しておくことが重要です。

製薬・化学メーカーへの就職しやすさ 有機化学系 vs 生物系 

f:id:okushishu:20190126182706p:plain

薬学部の学問分野ごとの就職のしやすさ

 就職という観点では、有機化学系が有利です。それは学生数に対して募集人数が多いからです。製薬メーカーにも化学メーカーにも行けます(製薬メーカーの門戸は狭いですが)。有機化学(特に有機合成)はモノ自体を扱う学問ですから、ものづくりに直結しています。そのため、企業の研究・開発・製造要因としてそれなりに需要があります。
 生物系は、残念ながら企業からの需要が少ないのが現状です。製薬企業の研究職、化学メーカーのバイオ事業の研究開発職がありますが、募集人数が少ないのに対して学生数が多すぎ、就職するには相当の優秀さと運が必要になってきます。食品・化粧品メーカーも研究職を採用しますが、製薬メーカーや化学メーカーほど研究にコストを割かないため、これまた募集が少ないです。出身が薬学部でもその他学部でも関係ありません。したがって、「企業で生物系の研究開発職につくこと」を唯一の進路目標とするのはかなりリスキーです。「生物系の研究が大好きで、就職に失敗しても悔いはない」または「就職でなく大学に残って学者を目指す」と思えないなら、お勧めできません。現実には、東大の薬学部や農学部の院卒でさえ、文系就職をする人が多いのです。

そもそも化学系・生物系は就職先が少ない

f:id:okushishu:20190126182147p:plain

学問分野ごとの就職のしやすさ

 注意しないといけないのは、有機化学系を選びさえすれば楽に就職できるわけではないということです。理系の就職の中でも、工学部の電気系や機械系に働く場所がいくらでもあって引く手あまたであるのに比べれば、化学系は需要が少ないです。学歴で言うと、できれば旧帝大や有名私大、せめて地方国公立大レベルが必要になります。それに加え、就活にはかなり力を入れる必要があります。受けられる企業はすべて受けるくらいのつもりでないと、どこにも受からず終わる事になりかねません。学問分野は問わず就職さえできればいいなら、機械や電気系を選ぶべきです。化学や生物に興味があり、なおかつ医療に携わる気がなくメーカーで働きたい場合には、就活に苦労することを覚悟したうえで、できるだけ高レベルな大学・研究室を選ぶ必要があります。

薬学出身者の就職動向 | 一般社団法人 薬学教育協議会 - CPE - Council on Pharmaceutical Education
http://yaku-kyou.org/wp/wp-content/uploads/2018/11/281c0618c8371b7606f7a9c068d029c9.pdf
 なお、平成30年の4年制修士卒の就職データを見ると、製薬の研究・開発に半数弱の学生が就職しています(化学・食品の倍以上)。いかに今の景気が良いとはいえ、これはさすがに現状と合っていません。推測ですが、製薬企業の下請けで開発(臨床試験を遂行する仕事)をサポートする企業への就職者などもカウントしているのではないでしょうか。私の知り合いの農学部出身者にも、そういう企業に就職した人がいました。

公益社団法人日本薬学会|薬学教育
https://www.pharm.or.jp/kyoiku/pdf/adws_2203gakushiryoku.pdf
 古い情報ですが、大学教員らが集まって話し合った日本薬学会のディスカッションの報告書(上記)によると、長野哲雄氏が「薬学部卒業生の製薬企業研究所への就職率が低下しており、現在の薬学教育が製薬企業の期待に応えていないことを反映している」とコメントしたそうです。しかし、私の就活経験と周囲の学生の就活状況を振り返ると、教育のせいと言うよりは、製薬企業が昔ほどたくさんの研究要員を求めていないというのが実際のところのはずです。

ハードな学生生活

 ついでにいうと、化学系・生物系はたいていハードな実験をこなす必要があり、多忙な学生生活(というか研究室生活)を送る覚悟も必要です。社会人の方が自由時間が長いケースもしばしばです(私もそうでした)。就活時、理系就職はやめて文系就職をしようと思ったとしても、就活に割ける時間が少ないため結局苦労するはめになりがちです。

 このように、就職面では薬学部が有利とは言えない状況ですが、化学系や生物系の学生が多いことが物語るように、これらが面白い分野なのは事実だと思います。大事なのは、就職についてある程度のビジョンを持った上で学生生活を送ることです。

 化学メーカーと製薬メーカーの違い、具体的な仕事内容、研究室の選び方・過ごし方などについては別途書く予定です。